予科連
戦時中の話で、彼の長男が予科連へ入る話の中で、三重航空隊うんぬんと言う台詞があった。
ネットで調べてみると、三重にも海軍航空隊があったそうです。
知らなんだ。
津市と隣接する香良洲町にありました。
土浦が飽和状態になってきて三重に作ったそうです。
若い血潮の予科連の…、「若鷲の歌」を作詞した西条八十は、土浦で予科連生と一日生活をともにして、作詞したことも知りました。
今の中2、中3ですよ。
まだ子供やん…、信じられん。
勇ましいはずの「若鷲の歌」をはじめ軍歌の数々は、淋しく悲しいメロディにしか聞こえませんね。
悲しげに聞こえるのは、悲惨な時代に若くして命を落とした人たちの、何か訴えなのかも知れません。
考えさせられました。